「私は遠慮しておきます。お姉の部長としてのメンツを潰すことになっちゃいますし、
人数だって合わないじゃないですか。みなさんが遊ぶのを見てます」
「じゃあ、あっちは一人だけ二回ってのはどうだ?ちょっとキツイか?」
「それはいい考えね、圭一。それでどうかしら?」
「詩ぃちゃんがよければ、いいんじゃないかな?こっちは魅ぃちゃんが二回やるし」
「えぇ!?わたし!?!?」
「あー、それならいいですよ。くすくす」
「じゃ、決まりね!!」
「大将戦は2ポイントというのはどうでしょう?偶数回だと、引き分けもありますよ?」
「そうですわね。やっぱり勝敗はハッキリさせておきたいところですわ」
「じゃあ古泉くんの言うように、大将戦は2ポイントね。こっちはもちろんあたしよ。
そっちは魅音が大将でいいのかしら?」
「もちろん、常勝無敗の魅ぃが相手するですよ」
「たのむぞ魅音。3ポイント分戦うことになるが、頑張ってくれ」
「うん、まかせといて!」
「それと途中で勝負がついちゃっても、最後までやるっていうのはどうかな?」
「そうしましょう!それならみんなが楽しめるわね。じゃあ最初の勝負を何にするか、
ジャンケンで決めるわよ?準備はいいかしら?」

 SOS団と部活、それぞれ五人のチームから一人ずつ順に出て勝負をする。ただしこっちは魅音が
二回出て、SOS団の方には詩音が入り、全部で六回戦おこなう。
 最初の勝負の内容はジャンケンで勝った方のチームが決め、以降は勝負に負けたチームが次の
勝負内容を決める。内容は露店でできることなら何でもよし。
 一人勝つごとに1ポイント、最後は大将戦として2ポイント、計7ポイントの奪い合いで、
団体としての勝敗を決める。
 以上のルールでSOS団&詩音vs部活の露店バトル開催が決定した。

 脳内の辞書から遠慮なんつー文字はとっくにアンインストールされちまってるハルヒのおかげで、
部活とSOS団は最初から臨戦態勢かと思ったが、詩音や古泉の仲裁で丸く収まり、その後沙都子の
提案で、俺たち部活がやるつもりだった勝負にSOS団も混ざることになった。ハルヒのやつは
数分前の自分の言動を省みる気ゼロという図々しさで沙都子の話にすっかり乗り気になった。
 レナがハルヒに突っ掛かったのはちょっと驚いたが、納得できないこともないというか。
しかしそれ以上に意外だったのは、ハルヒがわずかながらレナに気圧されていたことだな。
 それはともかく、我らが部活について雄弁に語る魅音に対して、ハルヒは得意の負けん気で
SOS団の素晴らしさを演説したところ、それならば露店の勝負はSOS団対部活にしよう、
という流れになるのも当然で、俺たちは小川に浮かぶ落ち葉のごとくその流れに身を任せた。
 念のため、イカサマはしないよう長門にはコッソリ釘をさしたが、秒針の10分の1ぐらいの
動きでうなずくそれは、しないという意味なのか、この世界ではできないという意味なのか、
相変わらずの無表情からは知る由もなかった。

 最初の種目は輪投げに決定した。一回につき三投、多く取った方が勝ち。決着がつくまで繰り返す。
こちらの先鋒はレナ、SOS団は古泉を出してきた。
 どっちが勝つかなんてクリアブラック液晶より鮮明だろう。古泉があらゆるゲームを不得意とすることは
証明済みであり、その検証結果がいかに信頼できるものかを示すように、また一つ黒星という記録が
データベースに追加された。つまり、一回目にして3対0で古泉の負け。
 一方レナは、景品に『かぁいい』ものを見つけると、それがどんなに輪投げに適さない形であっても、
あざやかに輪の中心に通した。
 負けたことが嬉しいのか、爽やかなハーフスマイルを崩さず真性のマゾかと思わせる古泉に、緒戦がいかに
大切かを力強く説きつつ怒るハルヒは、説教が終わるとキッとこちらを睨み「次はあれよ、ヨーヨー釣り!
こっちはみくるちゃんが出るわ!」と朝比奈さんの両肩を鷲掴みにした。
「それならこっちは、梨花ちゃんでいくよ?」
 いい人選だ魅音。萌えと萌えのガチンコ対決だな?俺的には朝比奈さんに軍配三枚あげたいんだが。
「手加減はしないのです」
 にぱーと小悪魔のように笑う梨花ちゃんに、むむっと言いながら金魚柄の浴衣の袖をまくる朝比奈さん。
 全員が普段着で来てる部活メンバーとは対照的に、SOS団の女三人は、みな浴衣を着ている。
ハイビスカス柄をまとうハルヒに、幾何学模様に包まれた長門。たぶんハルヒのセンスと、
それぞれのイメージで選んだんだろう。
 朝比奈さんは、露店のおじさんに渡された釣り紙を寄り目がちに見つめて、水面にそっと近づける。
俺が釣り紙なら全ての水風船を釣り上げるまでは絶対に破れませんよ、なんて思いながら、集中して真剣な表情に
なるとその顔は、幼さを残しながらも造形美の極みを尽くした芸術であることを再確認させてくれる朝比奈さんに
見とれていたが、水に浸かってすぐに滲んだ釣り紙は、あっさり破れてしまった。
「ふわっ、あえ〜……」
 残念そうに眉を八の字型にする表情がいちいち可愛らしい。
「もうっ!!こんな時までドジっ娘属性を発揮しなくてもいいのに!」
 いやいや、こんな時こそ発揮するべきだろう。少なくとも俺は大満足だ。溜息をつくハルヒを尻目に、
梨花ちゃんが立て続けに二つヨーヨーを釣り上げた。
「みぃ!!やったです!釣れたですよー!!」
 この時点で部活は二連勝、スタートダッシュに機嫌をよくした魅音が誇らしげに言う。
「うちの部活は毎日過酷な訓練に耐え抜いた精鋭揃いだからねぇ!!さっ、次は誰?何の勝負??
おじさんが相手になるよ〜!!?」
「SOS団の名にかけて、これ以上負けるわけにはいかないわ!種目は、金魚すくいよ!!
詩音!!お願い!!!」
「お姉と直接対決ですか?くすくすくす……お手柔らかにお願いしますね?」
 ムードメーカーであり、部長としてリーダーシップをとる魅音とは違った意味で、この詩音には貫禄がある。
レナとハルヒが揉めた時も、あのハルヒに正論ぶつけて何だかんだで結局言いくるめたからな。
 ニヤリと不敵な笑みで余裕を見せる詩音に比べて、分が悪いと思っているのか魅音は少し戸惑った様子だ。
「魅音さん、部長としての威厳を見せてくださいましてよ!?」
「魅ぃちゃん頑張ってね!」
「負けんなよー詩音!」
「そうよっ!詩音はもう団員みたいなもんなんだから!SOS団の看板背負ってるのよ!!」
 この双子対決に周りもニワカに盛り上がり始める。
「おっ、園崎んとこのお嬢ちゃんじゃねーの!!ちったぁ手加減してくれよー?」
 なんだ?屋台のおっさんまで親しげに話しかけてきた。そればかりか、道行く人も声をかけては足を止め、
ギャラリーと化していく。おいおい、何かえらいことになってるぞ?
「魅ぃちゃんのお家は雛見沢周辺では有名なんだよ!地主さんみたいなものかな」
 魅音がお嬢様だったなんて、これまた驚きだが、とりあえず今は二人の勝負を固唾をのんで見守る。
「網が破れるまでにたくさんとった方が勝ちですよね?いきますよ、お姉?」
「くッ、いいよ、詩音。勝負!」
 いつの間にか注目の一戦になったこの戦いは、魅音の優勢で火ぶたが切られた。
 魅音は、すくい網の縁のプラスチックの部分を上手く使い、一匹また一匹と、ハイペースで救い上げる。
真ん中の紙の部分をあまり濡らさず、その手際良さは鮮やかというほかない。
 詩音の方は、ペース的には普通だが、紙の部分が全くといっていいほど濡れていない。すくい網の消耗を
最小限に抑える作戦なんだろう。一匹ずつ確実にすくい上げる。
 10匹目をすくったところで魅音の網が半分ほど破けた。
「あれ?お姉。やばいんじゃないですか?」
「まだまだ、これからでしょ!?」
 強がる魅音だったが、残った網もだいぶ水が滲んで、正直苦しい。
 それをジワジワと追い上げる詩音。温存型の戦術が後半になって活きてくる。
「ああっ!」
 部活、SOS団双方から、そしてギャラリーからも喚声があがる。
 魅音のすくい網が完全に破けたのだ。結果は13匹。なかなかの記録なんじゃないか? さて、これが勝敗の
ボーダーラインになったわけだが、詩音は現在9匹。4匹差を前にして、すくい網は全面が水に滲んでいるものの、
まだどこも破けていない。見事なもんだ。
「さて、覚悟はいいですか、お姉?」
 自信たっぷりな眼差しを魅音に向けた後、詩音はペースを変えることなく、すくい続けていった。
 姉妹対決の行方は15匹対13匹、詩音の勝利で幕を閉じた。
 あぁ、地団駄ってのはこうやって踏むのか、と教えてくれるように魅音は悔しがり、ハルヒは大喜び、
詩音は涼しい顔して満足そうにしていた。
「魅音さんの仇は、わたくしが取りましてよ!?次はカキ氷の早食いで勝負ですわ!!」
「有希!!返り討ちにしてやりなさい!これに勝ったら同点になるわ!!」
 聞いただけで頭がキーンと痛くなりそうな勝負だが、果たして長門は冷たさを感じるのだろうか。
イカサマは封印したとしても、基本性能まではどうしようもない。
「いい?沙都子。シロップ大盛りで頼んですぐに混ぜれば溶けて食べやすくなるから」
「分かりましたわ魅音さん」
 魅音の作戦に従って少しでも早く食べられるように工夫する沙都子だったが、勝負は開始十数秒で決着した。
他の全員があっけにとられる中、長門は顔色一つ変えずにカキ氷を平らげ沙都子に大勝した。やっぱ冷たさを
感じてないようだな。
 さて、2勝2敗の同点という状況で、俺の出番が回ってきた。
 相手は前原くんだ。彼ならきっとどんな勝負でも豪快に挑むだろう、雰囲気的に。しかしここで負けるわけには
いかない。大将戦を控えて、勢いってやつをつけておくべきだ。
 種目はたこ焼き早食い。作り置きではただの早食いでしかないという、それの何が不満なのか理解不能の理由で、
焼きたてのものが用意された。これはもう根性勝負だ。意を決して、灼熱の小麦粉玉を口に押し込む。
 焼け石を180度ぐらいの油で揚げたようなソース味の固まりを飲み込むと、そいつが胃袋に向かうまでは牛歩の
ごとくゆっくり感じられ、食道の構造がはっきりと把握できる。そして人は熱さでも涙を流せることを俺はこの時知る。
「あッ熱ッアツがツがぁあぁあぁああッ!!!」
 叫び声を上げながら猛スピードでたこ焼きをほおばる前原くんが、どれだけ凄いのかは今この場で同じ体験を
している俺にしか分かるまい。
「あぁっ、キョンくん頑張って!」
 無理ですレナさん、ごめんなさい。
 たこ焼き2つを残して、俺は前原くんの完食を見届けた。

 SOS団3ポイント、部活2ポイント。SOS団のリードで迎えた大将戦。これに勝った方には2ポイントが
加算されるので、結局、この最終戦で勝ったチームの勝利ってことになる。
 姉妹対決には敗れたものの、部長として部活一の戦績を誇る魅音と、憎たらしいほど何でもこなし、頭脳、
運動神経ともに抜群のSOS団・団長ハルヒの一騎打ちだ。

 と、ここで、梨花ちゃんが残念ながら退場することになった。
「魅ぃの戦いを見届けたいのですが、そろそろ衣装に着替えたり、準備があるので、
ボクはちょっとこの辺で抜けるのです……」
「ああ、そっか。梨花ちゃん奉納演舞だもんね。楽しみだな、楽しみだな!みんなで見に行くからね!」
「後のことは魅音さんに任せて、安心して行ってらっしゃいませ!梨花!」
「うん、おじさんに任せといて!!梨花ちゃんも演舞頑張ってね!!」
「いってきますです。……勝つのですよ!魅ぃ!!ファイト、おーなのです!!!」
 名残惜しそうに、梨花ちゃんは社の方に去っていった。
「なになに?あの子なんかやるの?」
「あぁ、涼宮さん綿流しは初めてですもんね。梨花ちゃまはこの神社の巫女さんなんですよ。
祭りの最後にちょっとしたセレモニーがありまして、それに出演するんです。
その後みんなで川に綿を流して……それで、綿流しっていうんです」
「へー、巫女さんか!すげーな!俺たちも見に行こうぜ!」
「なかなか良さそうじゃないですか。是非そうしましょう」

 最終戦の種目は射的。ひな壇の形をした三段の棚に景品が並べられている。そこで、一番手前の棚の景品は1点、
真ん中の棚は2点、一番高い奥の棚のは3点として、三発撃って倒した景品の合計点で競うことになった。
同点の場合は延長戦、もう三発撃って決める。
「あの真ん中の棚にあるでっかい熊のぬいぐるみはどーすんの?」
「う〜ん、ちょっと倒れそうもないからねぇ……一発勝利の10点にしようか??」
「オッケ!それでいいわ。見せてあげるわSOS団団長の実力!」
 喜々として銃を受け取り、魅音を挑発する先攻のハルヒに、
「上等じゃん!!部活の厳しさってのを教えてあげるよ!??」
 腕を組んだまま答える魅音。
「いよいよ大将戦かー!どっちが勝つんだろうな!?」
「先ほどの前原さんの勝利で勢いは我々にあると思いますが、園崎さんも姉妹対決で負けたまま黙ってるわけには
いかないでしょう。五分五分といったところじゃないですかね」
「はぅっっ!!!あの真ん中のくまさんのぬいぐるみかぁいいよぅ〜!魅ぃちゃん取ってくれないかな?かな!!」
「あれは十発ぐらい撃たなきゃ倒すのは無理ですわー!!」
 待てよ……もしハルヒが負けるようなことになったら、この世界で閉鎖空間が発動しちまったりしないか?
となると、古泉たちの言うようにハルヒの力だけは抑制されていないということが分かる。だがそれ以前に、
そうなった場合の不安の方が大きい。イカサマはするなと長門に言ったが、ここはフェアな勝負を楽しむより
身の安全を優先させるべきか。
「今の涼宮ハルヒにそれはない。平気。だからあなたの言うとおりにしている」
 何故そう言いきれるのか、と結論に対する根拠を求めずとも、長門がそう言いきるんだから大丈夫だ、
と結論が同時に根拠にもなっちまう長門の言葉が何とも頼もしい。安心した俺は心置きなく観戦する。

 ハルヒは3点ゾーン以外は眼中にないらしく、三発すべての狙いを一番奥の景品に定めた。そのうち二発が
命中してパタパタと景品を倒す。6点ゲット。
「あーっ!!惜しい!!あと1cm左を狙ってたら三つとも取れたのに!」
 その様子を冷静に見ていた魅音は、露店のおじさんから銃を受け取るとしばらく何やら考えたあと、銃と弾を
チェックしながら、ハルヒにひとつ提案をした。
「もし延長になったら、先攻・後攻を入れ替えたいんだけど、どう?
それと、射手も交代させてもらえないかな?こっちは一人が二回戦うことになってるし」
「??? 別に構わないわ」
 するとハルヒの了承を得た魅音が、俺のそばに来て小声でヒソヒソと話し始めた。
「キョンちゃん、準備しといてくれる?」

 どうやら魅音は3点の景品を二つ倒すことであえて同点にして、延長戦に持ち込むつもりらしい。そして次の射手は俺。
魅音に命じられた俺の仕事は一つ。真ん中のでっかいぬいぐるみ目掛けて三発連続で弾をブチ込むこと。
 ぬいぐるみは大きすぎて棚から少しはみ出し、不安定な状態だ。魅音は最初に二つ倒した後、最後の一発で
ぬいぐるみを揺らしておいて、続けて俺が三連射すれば倒せるかもしれないという。だが魅音と俺の合計四発でも
倒れるかどうか微妙だ。そんなリスクを負わなくても、魅音が3点の景品を三つ倒せばそれでフィニッシュじゃないか?
「まぁね。けど部活としては──SOS団に勝つだけじゃなくて、一番大きな景品を取りにいかなきゃねぇ。
ま、美学ってやつかな?それと……」
 そう言ってレナを横目でちらりと見る。なるほどね、かぁいいモードでくまのぬいぐるみに釘付けだ。
「あれを取らなきゃ男じゃないでしょキョンちゃ〜ん!!?くっくっく、おじさんが花を持たせるからさ、
ぬいぐるみと一緒にレナのハートも撃ち抜いちゃいなよ!!!あっはっはっは」
 意味は分かるが意図は分かりかねるね。
「そんなわけでさ、ぬいぐるみを取ってあげたら喜ぶと思うよ?」
 どんなわけだ。

 打ち合わせどおり、魅音は3点の景品を二つ倒したところでハルヒに延長した場合の交代について伝える。
三発目をぬいぐるみの重心より少し上に当てると同時にふり向いた。
「さ、キョンちゃん!」
 魅音が合図した時すでに銃を構えて狙いを定めていた俺は、まだ揺れているぬいぐるみの、魅音が当てた所と
同じ位置目掛けて、撃つ。可能な限りの速さで弾を詰めたらもう一発、コルク弾が当たるたびに振り幅は大きくなる。
間髪置かずに最後の一撃をくまの額に命中させると、ぬいぐるみはグラッと傾き、ニュートンの考えに逆らうことなく、
スローモーションで棚から落ちる。着地する前に店のおじさんがキャッチし、俺に投げてよこした。
「なっ……」
「やったぁあぁああっ!やったねキョンちゃん!!」
「すごいじゃないですの!!連携プレー、お見事でしたわ!」
「はぅ、くまさん人形!!!取ったんだね!?だね!!!」
 大口をあんぐり開けて間抜けなツラしたハルヒをよそに、部活メンバーが俺の周りに群がってくる。
「なるほど、そういう作戦だったのね。やられたわ」
 悔しがって魅音のやり方にケチつけてくるかと思ったが、ハルヒはすんなり負けを受け入れた。

「そりゃ悔しいわよ。けど2人あわせてタイムラグを無くすなんて思いもよらなかったし、
魅音の作戦を見抜けなかったあたしの完敗よ。やるじゃない。それに勝負には負けたけど、
なかなか楽しかったわ。でも今度対決するときは絶っっ対に負けないから!!!」
 リターンマッチが規定事項であるかのようなハルヒのコメントに、俺はどんな顔をしたのか分からないが、
とりあえず、もうさっきからソワソワして止まらないレナに、くまのぬいぐるみを手渡した。
「ほらよ」
「え?え!?……くれるの?レナに??」
 俺がそのぬいぐるみ持って歩くのは、そのぬいぐるみだって絵的に許せないと思うだろ。
「ホントに???……嬉しい!!!ありがとうキョンくん!!!
はぅぅ〜〜〜くまさんかぁいいよぅかぁいいよぅかっ……かあいいようっっ!!」
「へぇ、なによアンタ。好きな子のためにぬいぐるみ取ってあげるなんて意外とイイ奴じゃない。
見直したわ。うん、今のはあの子も効いたんじゃない?ポイント高いわね」
 前提もおかしいし、意外ともいらないし、何のポイントかと、突っ込むべき箇所を確認した相手は、
ワイルドに冷やかしてくるだろうと待ち構えていた魅音ではなく、ハルヒだった。
妙な事に無用な嗅覚を働かせやがって。
 その時──
 パシャリ。
 カメラのシャッター音とともに俺たちの輪に入ってきたのは……えーと、誰だっけ?
一回だけ会ったことあるような……。
「やぁ!!相変わらず元気そうだね。みんなの勝利をフィルムにバッチリ収めといたよ!」
「こんばんわ。あら、詩音ちゃんにハルヒちゃんもご一緒なのね」
「あ!富竹さんに鷹野さん、お久しぶりですねー。雛見沢最後の夜はやっぱりお二人で過ごすんですか!?」
「はは……そういうところも変わってないなぁ」
 そうだ富竹さんだ。って、魅音も知り合いなのか?
「うん。毎年綿流しに来てるからね。キョンちゃんこそ何で知ってるの?」
「ああ、彼とはゴミ山でレナちゃんと一緒にいるところに偶然通りかかってね、一度会ってるんだよ。
あの時は失礼しちゃったね。今日も写真撮らせてもらうけど、いいかな?」
 構いませんよ。てかもうすでに撮ってるじゃないですか。またしても断りなく。
「そちらの男の人って三四さんの恋人なんですか!?」
「うふふ、ハルヒちゃん。大人の男女には恋人だけでは説明できない関係もあるのよ?」
 そう言って富竹さんを困り顔にさせた女の人は鷹野三四さんという、入江診療所の看護婦さんだと
魅音が教えてくれた。どういう関係なのかは、鷹野さんの言葉どおり、だそうだ。

 大所帯の俺たちは、梨花ちゃんの奉納演舞をいい場所で見るため、祭壇のほうに移動を始めた。
どーんどーん、という大太鼓の響きが祭りのフィナーレが近付いていることを知らせる。
 みんなでワイワイ話しながら歩いていると、古泉が近寄ってきた。
「あなた方に合流する前、朝倉涼子さんに会いましたよ。偶然と言っていいのかどうかは分かりませんが」
 ……。
「綿流しを知っていたことも引っかかりますけど、このお祭りはいろんな所に呼びかけているらしいので、
まあそれは不思議じゃないかもしれません。しかし彼女はこんな所に一人で、何しに来たんでしょうね」
 綿流しを見に来たんだろ?って答えは不正解ということぐらいしか、俺には分からんよ。
「魅ぃちゃ〜ん……キョンく〜ん……たすけ……」
 後ろを見ると、でっかいぬいぐるみを抱えたレナが人ごみに翻弄されて流されそうになっている。
「ほらキョンちゃーん!!くまの世話で手一杯のレナを世話してあげなきゃー!!」
 今さら何を言っても身に覚えのない冷やかしを続けてくるであろう魅音を、口の端を引きつらせたまま
目を細めて睨んでから、レナのところに行ってその手を取る。ずいぶん華奢だな。ちゃんと食ってんのか。
「急がなきゃ置いてかれちまうぞ」
「……う、うん!」

 祭壇の前に大きなかがり火が二つ、真っ暗な夜空の下、真昼のような明るさで光と熱を放っている。
「キョンさーん、レナさーん!こちらでございますわ!!」
 最前列で手を振る沙都子の元までたどり着く。
「さぁ、そろそろ始まるよ?」
 ドーン!!!という一際大きい太鼓の音で場は一斉に静まり返り、厳かな神事が始まった。
 神官に扮した町会の爺さんたちを引き連れて、巫女装束を身にまとった梨花ちゃんがゆっくり登場する。
凛とした顔つきで、ややこしい形の大きな鍬を持つ梨花ちゃんは、ちょっとカッコよかった。
 祝詞をあげ、祭壇の前のしめ縄で飾られた布団の山に近付くと、鍬を振り、布団を突付く。その動作に
どんな趣旨が込められているのか聞くと、人間に代わって冬の病魔を吸い取ってくれた布団を清めているんだと
レナが説明してくれた。
 汗だくの梨花ちゃんは、鍬を振るたび重さに体が負けて左右によろめいている。沙都子はそれを見つめて、
梨花ちゃんに負けないほど必死な顔で、無言の声援を送り続ける。
 ふと気付くと、隣で朝比奈さんが怪訝そうに祭壇の方を眺めていた。未来にはこういうのないんですかね。
「あの子……ひょっとして、あの子のせいで……」
 よくわからないことを口走る朝比奈さんに、梨花ちゃんがどうかしたのか聞こうとしたところ、
どん!と大太鼓が鳴り、梨花ちゃんが黙礼をして祭壇を降りた。それを大きな拍手が迎える。
神官役が布団を担ぎ上げ、それに見物人が付き従ってぞろぞろと移動を始めた。神社の大階段を行列になって
降りると、沢のほとりにやってきた。ここでもかがり火が煌々と焚かれている。
「ここで、布団の中の綿を少しずつ取ってみんなに配るの。文字通り綿流しをするんだよ!」
 そういって俺の分の綿をもらってきてくれたレナにならって、綿を右手に持ち、左手でお払いした後、
額、胸、へそ、両膝を軽く叩く。奉納演舞の後のこれが綿流し祭のエンディングらしい。
「これをね、心の中でオヤシロさまありがとうって唱えながら3回繰り返すんだよ。
そうすると体に憑いてた悪いのが綿に吸い取られるから、川にそっと流すの」
 オヤシロさま?
「うん。雛見沢の守り神なの。御利益もあるけど崇りもあるから、ちゃんと敬わなきゃだめだよ」
 言われた通りにした後、レナと一緒に水面に綿を浮かべた。
「綺麗だなー。こういうのが祭りの最後にあると、何かこう余韻があっていいよな。
いやぁ今日は楽しかったよ、誘ってくれてありがとな、魅音!!」
「あ、え、そそそんな、私は!……」
「魅音さんどうしたんですのー?赤くなってましてよ〜??」
「ちち違うよ、これは火の明かりで!」
 SOS団の連中も、魅音や沙都子に教わりながら同じようにしている。朝比奈さんは、へぇー、へぇーと
物珍しそうに流れていく無数の綿を目で追っていて、長門も綿を持ってお払い中だ。……約一名うるさいのが
見当たらないが……欲張って布団ごと流そうとして、そのまま自分も流されたのかね。
 と思ったら、だいぶ離れたところからハルヒと詩音がやってきた。
「とっても素敵じゃない!感動したわ!!あたしね、日本の伝統文化みたいなのは重んじるべきだと思うの」
 そうだな。ついでに常識ってやつももう少し重んじてくれ。

 賑やかな祭りの後の、しめやかな儀式で身も心も清々しくなったところに、巫女さんの衣装の梨花ちゃんが
小走りで戻ってきた。
「みーー!!!見てくれたですかー??」
「梨花ちゃんお帰り〜!!よかったよ!」「あの鍬すごい重そうだったのに、頑張ったよね?」
「当然ですわ!!毎日餅つきの杵であれだけ必死に練習していたんですもの!!最高でしたわ梨花!」
「ほんとお疲れさまだね、梨花ちゃん!」
「ありがとうです。無事に終えることができて、ホッとしたですよ〜」
「その小さな体で、ちゃんとサマになってたのは凄いと思います。僕たちも楽しませてもらいましたよ」
「なー、カッコよかったぜ梨花ちゃん!」
「古泉に圭一も……ありがとうなのです!!」
 みんなに迎えられて安堵の色でいっぱいな梨花ちゃんの笑顔からは、大役を成し遂げた満足感が溢れていた。
うん。実にいいね。何がって、今日の綿流しも、この仲間たちもだ。

 こんな素晴らしい光景の中で、誰が想像できたっていうんだ。少なくとも俺には無理だったね。まさか自分が、
これから凄惨な事件に巻き込まれていくなんてな。いや、もうすでに渦中にいたという方が正しいか。

 散々遊んだから、まだ遊び足りないってわけじゃないんだが、何となく帰りたくない気分の時ってのが
あるもんで、ここにいる全員がまさにそんな気持ちだったんだろう、俺たちはそのまま立ち話をしていた。
「それで、宇宙人とか未来人は見つかったりしたの?」
「全然ダメ。何度も興宮近辺を探索してんだけどね。むこうもバカじゃないから、
きっとバレないように策を弄してるんだわ」
「そういえばキョンさんもそんなようなことを言ってませんでした?」
「ああ、言ってたねぇ。入部試験の前の日かな。宇宙人・未来人・超能力者だっけ?
何ならキョンちゃんも入れてもらえば?おじさんは構わないよ、部活と掛け持ちしても」
「え……でも、魅ぃちゃん……」
「それは面白そうですね。僕たちにとっても、活動範囲を広げるという意味で、
雛見沢支部というのは悪くないと思いますよ。どうですかね、涼宮さん」
「別にいいわよ」
 ハルヒはあっさりOKした。と思わせたが、やはり一筋縄ではいかなかった。
「ただし条件があるわ。……SOS団には今取り組んでる課題があるの」
 ハルヒを除くSOS団全員の顔に「そうなの?」と書いてあることは、何も特別な能力を持たない俺にも見える。
「それはね、オヤシロさまの崇りよ!!あんたにその解決まで求めるのは酷ってもんだわ。
あ、もちろん崇りの解決を手土産にしてくれてもかまわないけど。でもまぁ無理ね。
オヤシロさまの崇りはあたしが解決するんだから!そうねぇ……、あんたは真相を暴くのに
手柄の一つでも立ててきたらSOS団に入れてあげようじゃない!」
 何だそれは。俺が質問をする前に、ハルヒを真っ向から否定する言葉が飛んできた。レナだ。
「あはははははははははは。おかしなことを言う人だね。あはははははははは。
オヤシロさまは、“いる” の。それを解決だの暴くだのって……
そんな訳の分からないことを言う人たちにキョンくんは渡せないかな??かなぁ!!!」
 いや、だからオヤシロさまの崇りって何だよ。というか落ち着けレナ。
 完全に面食らった様子のハルヒに、梨花ちゃんがささやくように問いかけた。
「オヤシロさまの崇りを……解決するのですか?ハルヒ」
「そうよ!崇りって言われてるけどあたしには分かるの。オヤシロさまの崇りには事件の匂いがするわ!」
「匂いがするじゃないですよ、事件なのです。……解決するのは無理ですよー、にぱ〜☆」
「なっ……なんでそんなことが言えるのよ?やってみなきゃ分かんないでしょ?」
 場が少しずつ凍っていく中、魅音の表情は既にマイナス273度ぐらいに達していた。
「無理なものは無理なのですよー、みぃ〜〜にぱーーー☆」
 そう言いながら梨花ちゃんは何故かくるくる回り出して、ハルヒをおちょくるように笑う。
「ふふん、いいわよ見てなさい!あたしがオヤシロさまの崇りに終止符を打ってみせるわ!」
 意地になってハルヒが返すと、回っていた梨花ちゃんはハルヒの方を向いてピタッと止まり、
不気味さを含んだ無表情で声高に言い放った。
「分からないやつだな、無理だと言ってるのに。ま、いいわ。やれるもんならやってみなさい。
  せいぜい、祟 ら れ な い よ う に 気 を つ け る こ と ね ?
    くすくすくすくすくすくすくすくす……」



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≪朝比奈みくる説≫

≪上納金横領疑惑の解決≫

≪オヤシロさま≫

≪宴の後≫

≪鷹野三四の死亡について≫



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