祭りの季節にはまだ早い6月。湿気の多い時期にしては珍しく、朝からカラッと晴れている。
だが俺の心は、この曇一つない青空ほど澄みわたってはいない。
 古泉たちに言わせると……
 世界を変えた張本人であれば全てを元に戻すことも可能だろうが、それはちと期待できそうもない。
朝比奈さんや長門の能力はここではほとんど抑制されていて、脱出できるほどの力はない。
 しかしハルヒの能力がこの世界でも健在だとしたら、つまり改変者でも抑えきれなかったその力があれば、
元に戻ることができるかもしれない。もしハルヒ自身が改変者なら、話はもっとダイレクトだ。
そのためにまずは元の世界と同じ状況を作り出すことが必要。だ、そうだ。
 んで、俺はこの世界で選考もれしちまったSOS団に入団しなければならない、ってわけだ。
それには涼宮ハルヒ様の許可が必要になる。うむ、実に気が重い。
 自室で昨日の話を思い出したり、エンジェルモートの制服を着た朝比奈さんを想像したりしていると、
玄関のほうからチャイムが鳴った。もう待ち合わせの時間か。部屋を出て玄関に向かう。
 そう、今日は綿流しだ。
「キョンくん、いらっしゃいますかー?」
「あら、レナちゃん。うちの子がいつもお世話になってまして」
「あ、……お、おばさま……こ、こちらこそ……お、お世話になって……」
 何故か真っ赤になってお袋と挨拶を交わすレナを引っ張って家を出る。ややこしいリアクションすんな。
「それじゃレナちゃん、よろしくね!」
「はぅ!……ハイおばさま〜〜〜!キョンくんはレナが命に代えましても〜☆」
 ドアを開けたまま笑顔で見送るお袋に、レナは引きずられながら手を振り返す。命までは懸けんでいい。

 綿流しの会場、古手神社は梨花ちゃんの実家だそうだ。奉納演舞の大役はそこの巫女さんとして務める。
それでここ何日か、部活の後も学校に残って練習をしていたらしい。そんな舞台裏をレナから教えてもらいながら
魅音との待ち合わせ場所に向かう。
「少し目が腫れてないか、レナ」
 目のふちがほんのり赤いことに気付いてそう聞くと、
「え?あはは、そう?昨日すごい楽しみでなかなか寝付けなかったからかな?だから今朝も起きたの遅くて、
はれぼったくなっちゃってるかも……はぅ、恥ずかしい……」
 イベントが楽しみで眠れなくなるってのは分からなくもないが、年齢的にどうなんだろう。
「そういえば、魅ぃちゃん昨日なんか嬉しそうだったじゃない?」
 確かに。授業中も心ここにあらずだったな。まぁそれはいつものことだが。
「あははは! それがね、最近ちょっといい出会いがあったみたいなの。
その相手が今日の綿流しに来るんだって!だから魅ぃちゃん嬉しそうなんだよ」
 へえ。魅音にもそんな浮いた話があるのか。普段の様子からは想像できないな。
「そう?……魅ぃちゃんってホントはすごく女の子らしいんだよ?」
 うーん、そうなのか。ああ見えて実はそんな一面を持ってたりするのか。けどまぁ、興味あるな。どんな相手か。
「あ、魅ぃちゃんもう待ってる!いろんな意味で気合入ってるのかな?かな?」
「おーーーい!!!レーナーーー!キョンちゃーん!!」
 両腕をブンブン振って合図する魅音のとこまで歩いていくと、サウナに入った瞬間むわっと体を包み込む
湿気まじりの熱気のように、そのテンションが押し寄せてくる。気合十分だな。
「もちろん!今日は遊ぶよー!?キョンちゃん、お腹空かせてきた?」
「まぁな。部活の学外活動と分かってて無駄に腹一杯にしてくるほど、俺も間抜けじゃない」
「そうこなくっちゃ!!」
「沙都子ちゃんと梨花ちゃんはもう神社にいるよね?行こ!魅ぃちゃん、キョンくん!」
 なんだか魅音につられる形で、レナも俺も意気揚々と神社に向かった。

 人を疲れさせること以外にどんな目的があるのか分からないほど長い石段を登りきって会場に着くと、
すっかり祭りの準備が整っていた。食べ物系を中心にすでに販売を始めている露店もあり、あたりにはもう
人が集まってきている。とは言ってもまだ夕方前、本格的にイイ雰囲気になるのは日が落ちる頃からだろう。
「沙都子、みんな来ましたですよ」
「みなさんお待ちしておりましたわ!こっちですのよーーー!」
 境内の方から聞きなれた声がする。沙都子と梨花ちゃんだ。
「二人ともおまたせ〜!今日は我が部の名に恥じないように頑張ってもらうよー?」
「おーっほほほ、当然ですわ!今朝からずっと、戦闘モードに入ってましてよ!?
そういう魅音さんこそ、しっかりとお腹をすかせてきたんですの??」
「そりゃそうでしょ!くっくっ、さすが、よく分かってんじゃん沙都子」
「みー、ボクも泡の出る麦茶を我慢してお腹ぐーぐーなのです」
 梨花ちゃん、それは我慢とかじゃなくて飲んじゃダメなものだぞ。
「まぁこういう場所だし早食い勝負なんてのは基本だけどね、でもどんな勝負があるかは分からないよ?
露店の数だけ戦いがあり、ドラマがある!みんな覚悟しときなよ!?」
 おいおい、全店まわる気かよ魅音。
「はぅ〜〜〜、楽しみだね!楽しみだね!」
「ところで、梨花ちゃんは平気なのか?奉納演舞ってのをやるんだろ?」
「それはお祭りの最後なのです。だからそれまでは大丈夫ですよー。みんなとたくさん遊ぶのです」
「梨花の晴れ姿も楽しみでしてよ!毎日放課後頑張ってましたからね、期待しておりますわー!!」
「みー……プレッシャーをかけるのはよくないのです、沙都子。これでも緊張しているのです」
「演舞のとき梨花ちゃんはね、巫女さんの衣装着るんだよ。それがすごい似合っててかわいんだよねー。
いたずらとかしちゃ駄目だよキョンちゃ〜ん?」
 その心配はいらん。俺にだって対象年齢はある。たぶん。

 何がしたいだのあれが食べたいだの、みんなして祭りへの意気込みというか、そんな感じのことを
語り合っていると、ふいに梨花ちゃんがハッとした顔でつぶやく。
「あっ……」
 その視線の先から、魅音に瓜二つの女の子と、隣に男の子が並んでやってきた。
「はろろ〜ん、お久しぶりですね、お姉。連れてきましたよ、前原圭一くん」
「よう!バイクんときの!まさかウチの学校のやつと双子だったなんてなぁ、ビックリしたよ」
「え、あ、しっ詩音……!久しぶり!……っと、えと、は、初めまして!じゃ、ないや……あわわっ、
んーっと、そ、その節はどーも。はは……参ったな〜、改めて会うと何だか……緊張しちゃうなぁ」
 何を慌ててるんだ魅音のやつは。ってか誰だこの人たちは?双子?
 状況がよく飲み込めないでいると、レナが耳打ちしてきた。
「ほら、キョンくん、さっき話したでしょ?ひょっとしてこの人じゃないかな?かな?」
 あぁ、なるほどね。それで急に落ち着かなくなってるのか。普段は絶対見ることのないレアな魅音は、
確かにレナのいうとおり、女の子らしいかもな。んで、もう一人は誰?
「みなさん初めましてになりますね。魅音の妹の詩音です。いつもお姉がお世話になってます。
どうぞよろしく。他にも友達を連れてきたんですけど、途中クラスメートに偶然会ったみたいで……
もうすぐ来ると思います」
 サラッと自己紹介を済ませたその子は、服装以外は見分けがつかないほど、魅音にそっくりだ。
双子もここまでくると感動するね。クローン技術とは違う、100%天然モノだ。
 数日前、興宮で不良に絡まれた魅音を助けてくれたのが前原圭一くんという人で、それがたまたま妹の詩音と
同じ学校に通う生徒だったそうだ。その縁で綿流しに誘うことになったと、いきさつについて説明する詩音の横で、
青菜にヒマラヤ産の岩塩でもぶっかけたかのような魅音が、時々照れ笑いを浮かべながら相槌を打つ。
 見ただけで元気な人だと分かってしまいそうな前原くんは、気さくに話しかけてきてすぐに俺たちに馴染んだ。
沙都子は少し人見知りしてるようだが、レナはニコニコと嬉しそうにしているし、俺はニヤニヤと冷やかしの視線を
魅音にビシバシ送りつける。何故か梨花ちゃんは妙に納得した顔で前原くんを見ているが、ま、とにかく一同和やかな
空気が流れている。
 ……そんな平穏をブチ破ることが生きがいなんじゃないかと疑いたくなるタイミングで、
雄叫びのような声をあげながら、浴衣姿に大股歩きで近付いてくる女がいた。
「んあっ!いた!しーーーおーーーん!!!けーーいちーーーー!!!
ごめーーん、なんかクラスの子につかまっちゃって。あんま話したことない子だったから
逆に気ぃ使わなきゃで中々切り上げらんなくってさー」
 そうだ、古泉が言ってたな。園崎詩音がSOS団を綿流しに誘ったって。
「バイクんときの子は見つかった?あ!この子ね!へー、ホントそっくりじゃない!
凄いわ、やっぱり天然の双子は一味違うわね」
 食い物みたいに言うなよ。……おっと、この機会に心証をよくしとけって言われてたっけ。
「圭一!ちゃんと優しくしてあげるのよ!?いい?すこしぐらい強いとこ見せただけじゃダメなんだから。
女はね、いつだって強さと優しさの往復列車に弱いんだから!」
 意味分からん。ってか人の輪の中に割り込むやいなや喋り倒して、あっという間にその場の空気を吸い取り、
自分好みの乱気流にして吐き出す、そいつが誰であるかは言うまでもないだろう。
 涼宮ハルヒが綿流し祭に来た。

「あーーっ!!!こないだのストーカー!! ちょっと!なんでアンタがここにいるの!?ひょっとして
あたしが今日ここに来ることを知ってたのね? 冗談じゃないわ!!どういうことなのよ!!?」
 ハルヒは俺に気付くと人差し指を向けながらズカズカと寄ってきては、即座に周囲に誤解の種を撒き散らした。
ん、まぁ誤解じゃないと言えなくもないが。
 ハルヒの後ろに控える三人にフォローを期待したいが、古泉はいきり立つハルヒを抑えるので精一杯、
朝比奈さんは早速オロオロしてるしぐさがとにかく可愛らしいし、長門に至っては──割愛する。という訳で結局、
今度は部活メンバーが状況を飲み込めずに不思議そうな顔をする。そんな中、
「ねぇ、あなた、ちょっと非常識なんじゃないかな?突然やってきて、さっきから失礼なことばかり言って」
 意外なことにレナがハルヒに食って掛かった。いや、意外でもないか。
「な、なによアンタ? ストーカーの仲間なわけ!?」
 ケンカ腰がデフォルトのハルヒが応戦する。初っ端からこれじゃあ、心証云々の話じゃない。
「あなたこそ何なの?どういうつもりなのかな?」
 レナも負けじと食い下がる。二人の間で険悪な火花が弾け飛ぶのを沙都子や魅音はハラハラしながら見守る。
 すると詩音がおだやかな笑顔でハルヒをなだめた。
「涼宮さん、こちらはお姉の学校のお友達なんです。……よね?お姉」
「え、うん。そうだよ。ほら前に話したでしょ、部活の……」
「ああ、この人たちが。だからね、せっかく前原圭一くんとお姉を会わせても、涼宮さんがそんな感じじゃ
お姉も圭一くんも困ってしまいますよ? 団員の立場も考えてあげてください」
「そうですよ。これも何かの縁ですし、素性が分かればそれほど問題ないんじゃないですか?
見たところ悪い人でもなさそうかと」
 詩音の言葉を古泉が後押しする。
「……ふん、そうね。いいわ、団員のために一肌脱ぐのも団長の役目だし。
ストーカー容疑が完全に晴れたわけじゃないけど、とりあえずあんたが何者なのかは分かったわ」
「そうだぞハルヒー!せっかく来たんだ、みんなで楽しくやろうぜ!!」
 珍しく素直なハルヒに、前原くんの一声もあって、周囲はホッと胸を撫で下ろした。
「圭一や詩音の言う通りなのですよー、レナも少し頭を冷やすです」
 レナはごめんね、と梨花ちゃんに苦笑しつつ、ハルヒの方を向くと、
「さっきはごめんなさい。でもキョンくんは怪しい人じゃないから大丈夫だよ?」
「あ……こ、こっちこそ……わ、悪かったわ……」
 ハルヒは斜め下に目線を固定したまま、ぼそぼそとレナの謝罪にこたえていた。が、ふと思いついたように
やたらとでかい目で俺を見ると同時に眉間にシワを寄せた。
「ん……キョン? ジョンじゃないの? こないだはジョン・スミスって名乗ってたわ」
「あははは、何それキョンくん?アメリカ人だったのかな?かな?」
 いや、まぁ、それは話すと長くなるといいますか……

 なにはともあれ、仲直り、といってもハルヒが散らかした地雷をみんなで片付けただけのような
気もするが、互いの自己紹介を済ませたSOS団の面々と部活メンバーは共に行動することになった。
 日が暮れて、夕焼けに染まる神社の景色を祭囃子の音色が彩り、年に一度の綿流しを村の全てが演出する。


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