綿流しから一夜明けた。
 色々なことがありすぎたせいで一体何をどう考えればいいのかも分からず、しかしこんな時、自分の頭が
数ビットのCPUしか持たないことが幸いしたというべきか、布団の中であれこれ思索を駆け巡らせようと
試した途端、一瞬でフリーズしてシャットダウン、それから約7時間後にようやく再起動させて今、窓から
差し込む雛見沢の朝日を浴びている。
 いつもどおりの笑顔で迎えに来たレナ、途中で待ち合わせている魅音と三人で学校に向かう。教室では
沙都子と梨花ちゃんが昨日の疲れを全く感じさせず、元気いっぱいで、トラップにかかる俺をからかう。
まるで綿流しの後の出来事が嘘だったかのような日常。いや、嘘だったのかもしれない。

 放課後の部活を終えて帰ろうとすると、沙都子が声をかけてきた。
「今日はみなさんと一緒に帰らせてもらいますわ。ちょっと夕飯のお買い物がありましてよ」
「玉ねぎとお醤油と豆腐、あとブロッコリーと牛乳ですよ。買い忘れに気をつけるです」
「大丈夫ですわ。梨花じゃありませんもの」
「みー?ブロッコリーとカリフラワーを間違えないようになのですよー??」
「なっ……分かってましてよ!もう!心配ご無用ですわ!!」
「あははは。沙都子ちゃんの当番なのかな?それじゃあね、梨花ちゃん。また明日」
 梨花ちゃんを背に四人で学校を後にする。
 別れ際の会話で思ったんだが、梨花ちゃんと沙都子は一緒に住んでるのか?魅音と沙都子が話す横で、
レナにさりげなく聞いてみた。
「うん。沙都子ちゃんのお家も梨花ちゃんのお家も事情があってね、今は二人で暮らしてるんだよ」
 小学生ぐらいの女の子が二人だけで暮らしてるなんて立派だなオイ。当たり前のように親元で暮らす
自分が、少しばかり情けなく思えてきた。

 そのままレナと俺は話しながら歩く。
「そういや今日はどうする宝探し?2日ぶりに行くか?」
「うーん……今日は、やめとこうかな。実はね、今日お父さん職安行ってるの。離婚してからずっと
仕事してなかったんだけど、おととい、ちょっとあってね。もうリナさんにも会わないし、これからは
しっかりするって約束したの。だから今日はレナが早めに夕飯の支度して、お父さんが帰ってくるのを
待ってようかなって思って。ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
「いや、全然謝ることじゃない。むしろ喜ぶべきことだろ。そっか、よかったなレナ」
「うん!!」

 帰り道の途中、惣菜屋などが並ぶ雛見沢のちょっとした商店街の手前まで来たところで、
「では、わたくしはこの辺で」
 沙都子が言った。一人で大丈夫か?買い物に付き合おうかと提案してみたが、
「お気持ちは嬉しいですけど、おつかいぐらい一人できますわ」
 と断られてしまった。そうだな、今までもそうしてきたんだろうしな。
「ばいばい、沙都子ちゃん」
「それじゃね沙都子。あー、バイトまであと2時間ぐらいかなぁ」
 バイト?
「そっ。親戚が経営するお店でね。ちょっくらヘルプに行くんだよ」
 魅音がバイトか。怪しい店で怪しいバイトじゃないだろうな。
「ちっ、違うよ!普通のお店で普通のバイトだよ。ったく!」

 魅音の家の近くに着くと、全く身に覚えの無いことを言い出した。
「そういえばキョンちゃん。こないだ言ってた漫画、貸してあげるからウチ寄ってきなよ?」
 が、何やら意味ありげな視線を酌んで、
「あぁ、悪いな。そうさせてもらうわ」
 とりあえず合わせておく。
「じゃあレナは行くね。ばいばい魅ぃちゃん、キョンくん」
「それじゃ、また明日」
 レナがいなくなると、魅音は申し訳なさそうな顔をして、
「時間あるかな?昨日のことで少し話したいんだけど」
 そう切り出すと、昨日誰も答えてくれなかった俺の疑問について、詳しく教えてくれた。

 オヤシロさまの崇りとは、この村で毎年起こる連続怪死事件の通称らしい。
 かつてこの地方には国が進めるダム建設計画があって、それが実行されると雛見沢村はダムの底に沈むことに
なるため、村は一丸となって計画の反対運動をしたそうだ。運動が激化していく中、一年目の惨劇が起こる。
 昭和54年、ダム建設現場の監督が建設作業員6人と口論の末に殺害され、遺体はバラバラに。作業員5人は
逮捕されたが、主犯格の男は被害者の右腕を持って逃走し、そのまま行方不明になった。
 翌年、北条沙都子の両親が県立自然公園内の展望台から転落死した。事故現場は台風の影響で柵が脆く
なっていて、これが壊れて転落したものとされている。父親の遺体は発見されたが、母親の遺体は発見されず、
行方不明となっている。
 3年目は、古手神社の神主、つまり梨花ちゃんの父親が病死。その直後、妻が入水自殺した。鬼が淵沼の
ほとりで遺書と履物が発見されたが、遺体については見つかっていない。
 そして去年、北条沙都子の叔母が麻薬常用者によって撲殺された。事件後、沙都子の兄の北条悟史が失踪する。
ちなみに、北条悟史と沙都子は、両親の転落事故があってから叔父夫婦に引き取られていたが、この夫婦から
虐待を受けていた。なお、叔父は愛人のいる興宮で別居している。
 つまり、毎年一人が死んで、一人が行方不明になっている。これらの事件は全て、綿流しの日に起きた。

「昨日あんなことになったし、キョンちゃんは知っといてもいいかな、と思ってね。オヤシロさまってのは、
雛見沢の守り神みたいなもので、レナはね、オヤシロさまの話になると笑い事じゃ済まなくなるっていうか、
転校してきたときからずっとそうなんだよね」
 確かに、昨日のレナは少しおかしかったな。
「これは、……絶対に内緒にしてよ? レナはオヤシロさまの崇りにあったことがあるんだって。正直言って
被害妄想か何かだと思うんだけど、とにかくレナの前でオヤシロさまの話はしないほうがいい気がするんだよね。
それに、沙都子や梨花ちゃんにとってもあまりいい思い出じゃなかったりするからさ……。あのハルヒって子は
嫌いなタイプじゃないんだけど、綿流しの後の話はちょっと洒落にならないことが多かったかな」
 うちのハルヒが大変ご迷惑をおかけしまして、まことに申し訳ございません。なんて菓子折りの一つでも
持って謝りたい気持ちでいっぱいだね。俺が今ここで謝ると変な話になっちまうけどさ。

 魅音と別れて家に帰ると、すぐさま着替えてチャリに乗る。ここ何日か忙しすぎだな、俺。
 昨日、朝比奈さんと別れて帰宅すると、それを待っていたかのように電話が鳴り、予想通りというか、
SOS団員会議の連絡があった。本日もまた、エンジェルモートに向かう。
 途中、ちょうどエンジェルモートに行くところだろう、長門が歩いてるのを見つけ、一緒に行こうと声をかけると、
無感情のままホンの少し顎を引いて同意を表してくれたので、自転車から降りて押しながら並んで歩く。

 すると後ろの方から、どこかで聞いたことのある声に呼びかけられた。
「あら、デートかしらお二人さん?のん気なものねぇ」
 振り向くとそこには、北高の制服を着た女が微笑んでいる。
 朝倉涼子だ。
 こいつがいることは古泉から聞かされていたものの、実際に見ると、殺されそうになった記憶がよみがえり、
うっすらと浮かんだ汗がゾッとした背筋をさらに冷やす。
「やだなぁ、二人してそんな怖い顔しないでよ。別に取って食おうってわけじゃないんだからさ」
 何の用だ。
「あなたたちに用なんか無いわ。ちょっと雛見沢に用事があった帰りよ。偶然見かけただけ」
 長門の方にチラリと目を向けると、どこか緊張感が漂って見える。この朝倉ならためらうことなく人を殺して、
さらに完全犯罪に仕立てるだろう。一触即発の状況に備えて、無駄かもしれんが気構えだけでも持っておこう。
「だから大丈夫だってば。今はアナタに危害を加える気は全くないから」
 今は、って何だよ。俺に危害を加える時期なんてものがあるなら、それがいつなのか是非教えてもらいたいね。
「……それに、あたしが何もしなくたって、アナタはこの世界で何度も殺されるんじゃないかしら?ふふふ。
じゃあね、お二人さん。デートのお邪魔してごめんなさいね」
 平然とした顔で殺人の予言をして、朝倉涼子は去っていった。

 エンジェルモートに入ると、窓際の席で既に古泉と朝比奈さんが待っていたので、俺たちもテーブルに着く。
古泉の野郎がごく僅かでも朝比奈さんと二人だけの時間を過ごしたと思うと、俺にとっては非常に面白くない状況の
はずなんだが、そう感じさせないのは何となく二人の空気が倦怠期のカップルのように冷めて見えたからかもしれない。
 今日はデザート半額フェアなんてものをやっているようで、ゴージャスにデコレートされたケーキなど、見ただけで
胃が重くなりそうなデザート写真がメニューに並ぶ。そして甘党の設定でもあるのか、長門がそれを凝視している。
 アイスティーとジャンボキャラメルチョコレートパフェを頼む……と、注文の品を確認をするウェイトレスに
見覚えがあることに気付く。
「あれ、喜緑さん?だよね? 奇遇ですね……」って言ってる自分で突っ込みたくなる。奇遇にも程があるだろ。
まぁ、北高もあるわけだし、何かの拍子に巻き込まれたとしてもおかしくはないかもしれんが、よりによって
こんな所でバイトまでしなくてもいいだろうに。
 喜緑さんは困ったような笑顔を見せて厨房のほうに消えていった。

 二人分のオーダーが済むと、古泉が毎度そうするように、俺も一応報告をした。
「来る途中たまたま長門と一緒になったんだが、そこで朝倉に会ったぜ。俺に何の恨みがあるのか知らんけど、
謎の脅しを残していきやがった。この世界で何度も殺されるとか何とかってな」
「それはどういう意味でしょう?」
 知らねえし、知りたくもないね。
「朝倉涼子はループを肯定した」
 長門が言葉を挟んだ。……なるほど。んで、俺はループするたび何者かに殺されるってわけか。
「そう。あなたはこの世界で何度も殺される」
 うん、別に復唱する必要はないぞ長門。そこはループ無しで頼むわ。
「ハルヒの方はどんな感じだ?変わった様子はあるか?」
 今日の本題は、ハルヒの言った『オヤシロさまの崇り』だろう。俺もさっき、魅音から聞いたところだ。
オヤシロさまの崇りってのが何なのか。
「涼宮さんは、その『オヤシロさまの崇り』について興味津々のようです。部室に何やら厚めのファイルを
持ってきましてね、中身は新聞記事のスクラップなどノートのようなものでした。そこにはオヤシロさまの崇りに
ついて詳しく書いてありまして、それを基に僕たちに色々と説明してくれましたよ。それで、今日あたり誰か
いなくなってもおかしくないから気をつけるようにと言われました。変わった事といえば、腕章に書いてある
文字ぐらいですかね。『団長』から『陰陽師』になってましたよ」
 ほっとけ。それよりそんなファイルをあいつはどっから見つけてきたんだ。
「聞いてみたんですが、企業秘密だと言って教えてくれませんでした」

 しかしなぁ、今度ばかりはイカンだろ。あいつはどうせゲーム感覚で考えてる。妙なファイルはさしずめ
取扱説明書ってところか。
 だがな、人が死んでるんだ。自分の身近で起こらなければ現実感が沸かないのはもっともかもしれないが、
対岸の火事なら許されるなんて理屈は無い。それに、俺にとってはあながち対岸でもないんだ。
「どういうことです?」
 犠牲者の中には、沙都子や梨花ちゃんの両親もいる。2年目は沙都子の親、3年目は梨花ちゃんの親だ。
「それは……驚きましたね。涼宮さんの説明では、2年目に死亡した夫婦は、1年目の発端となったダム計画の
誘致派の人間で村全体と敵対関係にあったこと、3年目に病死した神主さんはダム計画について日和見主義で
どちらかというと中立派だったことがクローズアップされてました」
 ……それこそどういうことだ?
「つまり、被害者は皆ダム計画における『村の敵』、もしくはそれに準じた立場と位置づけることができる、
ということなんですよ。1年目は直接ダム建設に関わる人間、4年目は反対派の親族と、年々『村の敵』の
基準は緩やかに解釈されていってますが」
 待て。それじゃまるで村ぐるみでの犯行みたいじゃないか。だいたい殺されただけじゃなく、自殺や事故も
あるんだぜ?なのに被害者が村の敵に位置するからってそんなの──
「ただの偶然でしょうか。それとも人の意志によるものでしょうか。あるいは、……本当の崇りなのか。
オヤシロさまの崇りの謎とは、その点に集約されます」

「警察……」
 長門がポツリとこぼした。警察?
「あぁ、そうでしたね。先ほど言い忘れたんですが、涼宮さんが帰り際に警察の方につかまってました。
といっても逮捕ではなく、任意にお話を聞きたいだけみたいだそうですが」
 警察がハルヒに何を聞くってんだ?あいつとうとう何かやらかしたのか。
「そういう訳ではないようです。校門のところで少し立ち話をしていくというので、僕たちは先に帰らされました。
たぶん明日、何の話か教えてくれるかと思います」
 なら大した事じゃないのかもしれないけどな、大した事になる前にオヤシロさまの崇りからは手を引いた方が
いい気がするんだ。個人的直感というか、そういうものが警鐘を鳴らしてる。
「かもしれませんね。でもSOS団入団についてはどうするつもりです?」
「……そこなんだよな。昨日はSOS団の入団に話を持っていけたところはよかったんだが。まさかハルヒの
やつがこんな厄介な問題と結びつけてくるとは思わなかった」
 俺は窓の外に視線を移して考え込もうとしたが、朝比奈さんの不機嫌そうな声色に引き止められた。
「別に平気なんじゃないですか、キョンくんがSOS団に戻れなくても。ループさえ終わらせられたら、
脱出できると思います」
 えっと、朝比奈さんのご意見を否定するつもりは全く無いんですが、俺がSOS団に戻ってこなくても
いいなんて、そんな寂しいこと言わないでくださいよ。
 涙腺がゆるみそうな俺をよそに、古泉がやわらかい口調で聞き返す。
「と、おっしゃいますと?」
「よく分かりませんけど!あたしはそう思いますよ」
 朝比奈さんはそう言うと、それ以上の質問は受け付けないという顔で、そっぽを向いてしまった。

 とりあえず、俺の方で調べるわけにはいかないんで、SOS団はハルヒが暴走しないように気を回しつつ、
もうしばらく様子を見ることにした。
 一段落したところで「それじゃ、あたしは先に帰りますね。明日の準備もあるし」と、朝比奈さんは
ツンとしたまま席を立って行ってしまった。

 朝比奈さんが去ると、古泉は爽やかさを残したまま困ったような顔で肩をすくめる。
「なにか彼女の機嫌を損ねるようなことを言いましたかね、僕は。どうも嫌われてしまったような気がします」
 朝比奈さんがお前を恋愛的な意味で好きではないことは保証しよう。これから先もそのような感情を抱くなんて
間違っても無いこともな。だが、嫌われてるわけではないと思う。俺は朝比奈さんの無愛想な態度の理由として
思い当たることを説明した。昨日エンジェルモートで聞いた朝比奈さんの話を。
「なるほどそうでしたか。そんな話をしていたとは……僕たちは信頼されてないのですかね。少し寂しい気がします」
 僕たち、の中に俺は入ってないぞ。俺にだけは話してくれたからな。と、まあそれはいいとしてだ。
信頼……というより、朝比奈さん自身の様子がおかしいように思えるね。
「有機生命体共生型情報生命素子が空気分子間を拡散的に伝達する方式によって朝比奈みくるに吸着している。
当該情報生命素子の活動により朝比奈みくるの思考が制御されている可能性がある」
 どういうことだ?
「そういうこともあるんですか?だとしたら……」
「ある。昨日の時点で竜宮レナにも同傾向の思考阻害が確認された」
 レナの様子も変だった。で、どういうことなんだ?
「おそらく私たち全員に同様の情報生命素子が伝達している。ただし生命体の態様によって活動状況が変化する上、
異常動作の傾向にも差がある。したがって、保有が認められても必ずしも異常動作をきたすとは限らず、また、
その傾向から保有の有無を判断することはできない」
 最近、俺の質問はスルーされる傾向にあることは分かるんだが、長門の言ってることがイマイチ分からん。
「つまり、朝比奈さんの様子がおかしいのは、ウィルスのようなものが原因だというのです」
 古泉が補足する。そんなことがありえるのか?レナもそうだってのか?
「そう」

 人の機嫌とか、そういうものを変えちまうウィルスなんてどうにも信じられんが、長門が間違ったことを言うとは
思えない。だとしたら、朝比奈さんやレナだけじゃなくて梨花ちゃんも──何かに取り憑かれたようにハルヒを
諭したあの梨花ちゃんも、言葉通りそのウィルスに取り憑かれてたってのか?
 団員会議を終えて家に帰り、夕食後にまったりしながら考える。オヤシロさまの崇りといい、妙なウィルスといい、
この村には何かあるんだ。その見えない何かに推理を巡らせようとしたところ、電話のベルがリビングに鳴り響く。
受話器を取ると、相手は梨花ちゃんだった。
『キョン、助けて欲しいのです。沙都子がまだ帰ってこないのです……』
 そう言われて古泉の話を思い出す。ハルヒが「今日あたり誰かいなくなってもおかしくない」と言ってたって?
 どういうことだよ、ハルヒ。


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