「着きましたのですよ。ただいまなのです。」
 結局、自宅への案内ということで先頭に立った梨花ちゃんが、一番乗りで自転車を停め、
階段を上り始める。と、その脇を小柄な影がすり抜けていく。
「おっほほ。上まで競争ですわよ。」
「あ、おい、卑怯だぞ、沙都子。」
 自転車を停めていた前原君が口を開く間に、状況を把握した人間から次々と駆け出す。
「面白いじゃない。昨日の借りを返してあげるわ。」
「お先に、圭ちゃん。ぼやぼやしてると、また罰ゲームだよ?くっくっく。」
「くそ、これ以上恥をかかされてたまるか。」
 仕方ない、俺も走るとしますか。前原君のような目には遭いたくないからな。
そう思い、急いで階段を上り始めると、
「ま、待ってくださ・・・きゃ。」
 突然、悲鳴と共に派手な転倒音が耳に入り、驚いて後ろを振り返る。案の定、そこには、
出遅れたために慌てて後を追おうとして、うっかり自転車にぶつかりそのまま自転車ごと
転倒した朝比奈さんがいた。
「大丈夫ですか、朝比奈さん。」
 慌てて朝比奈さんを助け起こす。
「はい、何とか。あいたた・・。」
 見れば、朝比奈さんはひざ小僧をすりむいてしまっていた。少し血がにじんでいる。
「あ、このくらい平気です。あとで絆創膏をはっておけば治りますから。」
 心配する俺を気遣ってか、朝比奈さんは気丈にも手を横に振って傷の軽さをアピールする。
「ちょっとー!。大丈夫ーー!?」
 いつのまにか、だいぶ上の方まで上っていたハルヒの声が降ってくる。どうやら、早くも
トップに躍り出ていたようだが、今は足を止めている。他のみんなも同様だ。
「はい〜、大丈夫です〜。」
 大きく腕を振って朝比奈さんが答えると、心配ないと判断したのか、一拍おいて競争を
再開した。やれやれ、薄情な連中だ・・・と思いきや、一人戻って、こちらに駆け寄ってくる。
梨花ちゃんだ。
「痛くないですか、みくる?景色は逃げませんから、のんびり行きましょうです。」
 朝比奈さんの傍に来た梨花ちゃんは、優しく話しかけると、朝比奈さんの手をとって
ゆっくりと歩き出した。
 まったく、どこかの誰かさんにつめの垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。

 俺たちがようやく階段を上り終え境内を歩いていると、待ち構えていたかのように
奥の方からハルヒが駆け寄ってきて、開口一番
「キョン、遅い。死刑。」
 などとのたまりやがった。無茶を言うな。不可抗力だろうが。
「まあまあ、キョンさんへの罰ゲームは今度考えるとして、早く見に行ってきなよ。
今が一番いい時間なんだから。」
 ・・・なぜ俺だけが罰ゲームを受けることになっているのだろうか。断固抗議したい。
「雲間から夕日が差し込んでね、すっごく綺麗なんだよ、だよ。」
はしゃぐレナちゃんに、隣にいた長門が目の錯覚かと思うほど小さい頷きを返す。
「ふん、まあいいわ。あたしたちはここで待ってるから、早く見てきちゃなさい。
みくるちゃんは、写真を忘れないようにね。」
 言葉とは裏腹に、口の端に笑みを浮かべたハルヒに送り出される。
「・・・・・みくる、キョン。こっちなのですよ。」
 梨花ちゃんが空いたほうの手で袖を引っ張る。それに逆らわず引っ張られていくと・・・・。
・・・・・そこには雄大な景色が待っていた。
「わあ・・・・・・・・・・すごい・・・・・・・・・。」
 そこは、高台から村を見下ろせる・・・・絶景だった。みんなも雄大な景色に心を奪われ
言葉を失う俺たちに、無粋に声をかけるようなことをしないでくれた。
 しばらくの間、景色に心を奪われ、ただただ呆然としていた。
 ずっと、俺の袖を掴んでいた梨花ちゃんが言った。
「ボクの一番のお気に入りの場所なのですよ。」
 梨花ちゃんはそう言いながら、にぱ〜っとあの笑顔をもう一度見せてくれた。
その言葉を聞いて、朝比奈さんがはっと我に返りおもむろに写真を撮り始める。しかし、
朝比奈さんには申し訳ないが、この景色をどんなフィルムに焼き付けても、全てを伝える
ことはできないだろう。もしも伝える方法があるとしたら、それはこの景色を見た人間が
伝えるだけ。いかに素晴らしく美しい景色で、何物にも替えがたいものだったか、その
感動を伝えることだけだった。

「・・・・・・・・・みくる。」
 不意に梨花ちゃんが朝比奈さんの名を呼んだ。
「なぁに?」
「未来へ帰れ。」
 え、・・・・・・・・・?
突然の少女の命令形に驚いただけではない。朝比奈さんが未来人であることを教えている
はずがない。もちろん俺たちもだ。それとも朝比奈さんが昨日のイベントでうっかり、
あるいは冗談めかして未来から来たと言ってしまったのだろうか。禁則事項だというのに?
 それは、豹変と呼ぶにふさわしい、少女の雰囲気の突然の変化だった。
「あなたはさっさと未来に帰った方がいい。でないと、ひどく後悔することになる。」
 少女は冷淡な声で告げる。
「それがあまりにみすぼらしくて、気の毒な姿だから。・・・今のうちに警告してあげて
いるのです。」
「・・・・な、なんで、・・・・あ、あたしが後悔することになるんですか?」
「・・・・・・・いちいちうるさいな。」
「ひ。」
 ・・・梨花ちゃんの口からとは思えない冷たい言葉に耳を疑う。誰かが彼女のふりをして
腹話術みたいに話しているのではないか・・・・?
「・・・あなたの親は、あなたが赤信号の横断歩道の真ん中にいる時、どうして危ないのかを
全部説明し終えるまで、あなたの手を引っ張らないの?引っ張るでしょう?まず歩道まで
連れ戻してから、なぜ危険なのか説くでしょう?・・・・つまりはそういうこと。」
 ・・・俺が一緒にすごした古手梨花という少女は、こんな喋り方はしない。こんな、斜な
言い方は絶対にしない。

「・・・・・・警告はした。勘違いしないでほしいのは、私があなたを嫌っているから
こういうことを言っているわけじゃないこと。・・・死んでもいい人に危険なんかを
教える必要はないのだし。」
「・・・君は・・・誰だ。梨花ちゃんじゃ・・・ない。」
 声も出ない朝比奈さんの代わりに何とか声を振り絞る。
「ん?・・・・・くすくすくすくすくすくす・・・!」
 梨花ちゃんであることを否定した途端に、彼女はさもおかしいように小さく、くぐもった
笑いを漏らした。その笑い方がすでに年相応でない。何か、異様なものに取り憑かれた・・・。
そんなオカルト的妄想が何の躊躇もなくあふれ出す。
 梨花ちゃんの様子がおかしい。誰か助けてくれ。
そう叫ぼうと思って、ハルヒたちの方を振り返る。・・・すぐにみんなが笑顔でこちらを
見守っているのに気づいた。そう、ハルヒたちには、俺たちが梨花ちゃんと戯れている
ようにしか見えないのだ。この少女の身に何か恐ろしいことが起こっていることに
気づいていない。
「・・・・キョンの怖がり。くすくすくすくすくす!」
 少女は俺たちが恐怖していることを、明らかに感じ取っている。そして、その様子を
怖がりと言ってまた笑った。
 けらけらと笑う少女は、変な風に身をよじりながら笑うと、・・・バランスを崩し、コテンと
転んだ。
 梨花ちゃんが転んだ。さっきまでの俺なら躊躇なく手を差し伸べている。だが、この一見
梨花ちゃんに見えるけれども梨花ちゃんでない、不吉な少女に手を差し伸べるには、俺の
勇気は少し足りなかった。
「みぃ。」
 少女がそう鳴く。そして、もそもそと立ち上がると、服についたほこりをパタパタと叩く。
それから、周囲をきょろきょろと見回し、きょとんとした表情を浮かべていた。
 ・・・冗談だろ?俺たちをからかっているんだろ?そんな仕草をされたら、まるで・・・・・
何者カニ乗リ移ラレテ、・・・シバラクノ間、記憶ヲ失ッテイタミタイジャナイカ・・・。

「・・・冗談だろ?・・・梨花・・・ちゃん・・・?」
「・・・みぃ。」
 梨花ちゃんの耳に俺の言葉が届いたは解らない。彼女はただ自問するかのように小さく
そう鳴いていた。
「キョンさん、みくるさん〜。梨花ちゃんも〜。お茶が入ったよ〜。塩大福もあるから
是非食べていってよ〜!」
 事務所の入り口で魅音が元気そうに手を振っていた。塩大福があると聞いて梨花ちゃんが
顔をはじけさせる。
「わ〜〜〜〜〜いなのです。」
 屈託のない笑顔。先ほどまでの、不吉な言葉を吐き続ける奇怪な少女の面影は
どこにもない。梨花ちゃんは元気に事務所のほうで走り出すと、途中で立ち止まり、
振り返って俺たちを呼んだ。
「早く来ないから、ボクは二人の分までお饅頭が食べられてほくほくなのです。」
「え・・・・・・あ・・・・・。」
 咄嗟に反応できず朝比奈さんと顔を見合わせる。
「あんたたち、ぼさっとしてないで早く来なさい。せっかく魅音ちゃんが入れてくれた
お茶が冷めちゃうでしょ。」
 ハルヒが事務所に来るように促す。逆らわず、梨花ちゃんと並んで事務所へ向かった。
隣を歩く梨花ちゃんを横目でしのび見る。どう見ても梨花ちゃんだ。さっきの不吉な
少女の面影は一切ない。

「・・・梨花ちゃん。さっきのあれは、どういう意味だい?」
「・・・・・・・・・・。」
「さっき梨花ちゃんは朝比奈さんに、・・・未来へ帰れって、そう言っただろ?」
「言いましたのですか?」
 ・・・・・・・・・・・・・。思わず、また朝比奈さんと顔を見合わせる。彼女はさっきの言葉を記憶して
いない。こんなオカルトじみたことがあるなんて信じられるものか。いや、今の俺なら
大抵のことは信じられるはずだったが、梨花ちゃんに奇妙な少女が取り憑いて薄気味悪い
ことを口走らせたなどと信じたくはなかった。
「あの、梨花ちゃんが、確かにそういったんですよ。」
 朝比奈さんがおずおずと口を開く。
「・・・・・・・・・みー・・・。」
 そんなことを言われてもなんのことか解らない。彼女の表情からはそう読み取れた。
彼女はとぼけているのでもなんでもなく、本当に知らないのだ。梨花ちゃんがそうした
ように、俺たちも何のことか解らない、そういう表情を浮かべる。
三人して何のことか解らない表情を浮かべる様子は、さぞや滑稽に違いなかった。

 やがて暗くなり、魅音たちは夕食を用意すると言ってくれたが、また来るといって
辞退することにした。旅館で荒川さんが食事を用意してくれているはずだったからだ。
「そうなんですの。野菜炒めでも作って差し上げようと思いましたのに残念ですわね。」
「もう作ってあるんなら、仕方ないよ。でも、ぜひまた来てよね。電話してくれれば
すぐに迎えに行くから。」
「ありがとう。ぜひまた遊びに来させてもらうわ。」
「えぇえぇ、そうしてくださいな。皆様方のこと、梨花も随分気に入ってしまったみたい
ですしねぇ。」
「ハルヒたちは明日も来ますですか?明日は魅ぃの補習があるので午後に来てくれると
うれしいのですよ。」
「あ、こら、梨花ちゃん。」
 慌てる魅音に、どっと笑いが起きる。
 ・・・邪悪な気配は一切ない。次第にあの出来事は何かの勘違いかではないかと思うように
なる。でも、心は晴れなかった。

 旅館に戻り、夜遅く、ハルヒが寝静まったのを見計らって緊急の会議を開く。
「そんなことがあったのですか。僕はまったく気づきませんでしたが・・・。俄かには
信じがたいですね。」
 事の顛末を説明すると古泉が感想を述べた。
「で、でも本当なんです。あたしもキョン君も確かに・・・。」
「彼女が何らかの組織に所属している、というような情報は聞いていませんが。
子供のいたずらではないのですか。適当に使った言葉がたまたま真実に合致していた
だけでは。」
 そうなのだろうか。とてもそんな風にはみえなかったが。
「ふむ。長門さんは何か気づいたことはありませんか。彼女は本当に何かに乗り移られて
いたのでしょうか?」
「・・・古手梨花の意思の形成・表示に何者かの介在があったという形跡は確認されない。」
「もう一度確認しますが、朝比奈さんは、古手さんに未来人であることは話していないの
ですね?」
「もちろんです。普通の人に自分のことを話すのは禁則ですから。」
「となると、やはり現時点で結論を出すのは難しそうですね。もう少し情報が集まる
までは様子を見るしかないでしょう。これから、彼女らと接触する際には少々用心した
方がいいかもしれません。」
 結局その日は、釈然としないまま、お開きとなった。


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