「あんた、環境保護団体さんですか?それとも雑誌社の人?」
「いえ、学生です。」
「学生?観光ですかね?」
「はい。美しい自然を写真に残すのが趣味なもので。とても貴重な自然が残っていると
聞いたので、楽しみにしていたのですが。」
「わっはっは!ならあんた、来なさい来なさい。村はちょっと慌しいけど、歓迎しますよ。
わはははは。」
「ぜひそうさせていただきます。ありがとうございます。」
「あんた、いつ来ます?雛身沢は初めて?初めての土地じゃあ、いろいろとご不安でしょ。
教えてくれりゃあ誰か若いのを行かせていろいろご案内させますよ。」
「そんな、そこまでしてもらうのは申し訳ないです。」
「わはははは!気にしないで下さい。これも、村の自然を多くの人に知ってもらうための
PRなんですから〜。」
「本当によろしいのでしょうか?でしたら本当に助かります。」
・・・・・・・

次の日、朝食後ロビーに集められた俺たちは、公衆電話に向かうハルヒの後姿を漫然と
眺めていた。昨晩、夕食には顔を出さなかった古泉の姿もある。当初の見込みよりも
用事が長引かなかったそうで、帰ってくるなりなぜか俺に礼を言ってきたが、男に感謝
されてもちっとも嬉しくはならない。
なにやら電話をしていたハルヒが、受話器を下ろすとこちらを振り返る。
「いよいよ雛身沢に乗り込むわよ!用意はいいわね。敵地へ潜入するんだから、一瞬の
油断が命取りになるわ。肝に銘じておきなさい。」
俺たちが行くのはどんな秘境だ。というか全く話が見えない。いったいお前は、誰に、
何の電話をかけていたんだ?
「雛身沢の広報の人よ。以前募集していた観光ツアーってやつに参加したいって
言ったら、今はもうやってないのに二つ返事でOKだったわ。意外といい人たちね。」
さっきと言っていることが逆なのだが、わざわざ指摘しても仕方あるまい。それより、
今は釘を刺しておかなければならないことがある。
「ハルヒ、念のために言っておくが、向こうについたら事件が趣味だなどと公言するなよ。
多丸さんと違って今度は正真正銘、現地の人なんだ。事件に対する野次馬根性でやって
来たと知ったら、気を悪くする。」
「あんたに言われなくったって、そんなことは解っているわ。だから写真を撮るのが
趣味だって言っといたんじゃない。釈迦に説法よ。」
「だったら、」
俺は一点を指し示す。
「それは置いていけ。」
ハルヒはキョトンとして、俺の指の先、『名探偵』と大書された左腕の腕章に目を
落とすのだった。

 古泉が人数分用意した貸し自転車にまたがり、雛身沢を目指す。相変わらず手回しが
いいことだ。
 緑豊かな景観が快適に後ろへと流れてゆく。田舎道をサイクリングするというのも
悪くはない。これで音量調整機能が故障したスピーカーみたいな声が、絶えず横から
響いてこなければ言うことはないのだが。
ガタン
「きゃ。」
 一瞬よろめいた朝比奈さんが小さく声を上げる。舗装道路が切れ、砂利道に変わったのだ。
「大丈夫ですか。朝比奈さん。」
「は、はい。なんとか。」
 でこぼこの砂利道を走行する朝比奈さんは、見ていて危なっかしいことこの上ないのだが、
次第にこの足場の不安定さにも慣れてきたらしく、ほっと胸をなでおろす。
「みくるちゃん。こんなところでもたついてたんじゃ、この先、生き残れないわよ。」
「ふぇっ。」
 たちまち愛らしい顔に不安の影がさす。ハルヒの得体の知れない力を知っていれば
無理もないが、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、朝比奈さん。いくらハルヒでも、
心底死人が出ることを望んでいるわけではないでしょうから。
「見えてきたわ、多分あれね、待ち合わせ場所は。」
 ハルヒの視線の先に小さな小屋があった。なんでも今では使われていないバスの停留所の
待合室だということらしい。俺たちは小屋の脇に自転車を止め、日差しを避けるべく中に入ろうとする。
そこに少女はいた。

 古びた粗末な小屋の中で、・・・とろんとした眼差しで、・・・半分、眠りかけたように、
・・・少女は座っていた。そのあまりに不釣合いな・・・それでいて、どこか幻想的な雰囲気に、
俺はしばしの間、呆然としていた。この中に踏み込めば自分がどんな無粋な音を立てて
しまうか解らない。・・・そんなことで、少女のまどろみを汚してはならない。
そう思い、・・・俺は小屋に踏み込むのをやめる。
 しかし、そんな俺の気持ちを全く共有できないやつも世の中には存在していて、しかも、
そいつは俺のすぐそばにいるんだから始末が悪い。
「ちょっと、なにしてるのよ。暑いんだから、さっさと入りなさい。」
 急に立ち止まった俺の背中にぶつかったハルヒが、憮然として声を上げる。
その騒々しい声が夢に届いたか、
「く・・・・・わあぁあぁぁぁぁぁ・・・・・・・・。」
 天使のような笑顔は、大臼歯を覗きこめるくらいの大あくびをして、目を覚ます。
・・・覗き込んでいるつもりはなかった。だが、目を覚ましたばかりの少女と目が合って
しまうと、やましさなど何もないのにうろたえてしまう。

少女は言った。いや、鳴いた?
「・・・みぃ。」
そういう子供の挨拶なんだと思った。怪しい者ではないことを示すため、つられるように
それを返す。
「・・・みー。」
「・・・みぃ?」
「・・・み、みー。」
・・・・・・・・・・・。
互いに言葉を失う。いや失ったのは俺だけか。こんな風に沈黙されたら、こっちが先に
何か切り出さないといけないように感じてしまう。
「あ、怪しいものじゃないんだ。俺は・・・。」
「・・・にぱ〜〜☆」
「に、にぱ?」
「にぱ〜〜〜☆」
少女は溢れんばかりの笑顔を俺に向ける。俺にも同じことを求めているのだろうか。
幼児が行う初歩的なコミュニケーション方法の存在が脳裏に浮かび上がる。
「に、にぱぁぁ・・・☆」
「・・・にぱ〜〜☆」
・・・俺は・・・何をしているんだろう・・・・・。
「にぱ〜〜☆」
「に、にぱ〜〜〜♪」
もうどうでもいいか・・・。これはこれで面白い・・・。
しかし、そんなおかしなやさしい時間は、シャッター音と共に振り下ろされた拳によって
終わりを告げた。
「キョン、何あんたニヤニヤしてんの?変質者みたいだからよしたほうがいいわ。」
「ふふー。二人の笑顔、撮っちゃいました。」
ハルヒはあきれたような顔で、朝比奈さんは悪戯を成功させたおしゃまな幼稚園児の
ような顔で話しかけてくる。
「みくるちゃんには今回、SOS団の臨時カメラマンになってもらうことにしたの。
我がSOS団の活動記録を後世に残すため、あたしの指示で、じゃんじゃん写真を撮って
もらうわ。」

「こんにちは、梨花ちゃん。また会いましたね。」
「みぃ。こんにちはです、みくる。」
 ・・・?どうやら朝比奈さんと少女は顔見知りらしい。そういえば少女の顔にどこか見覚えが
あるような気がするのだが、どこかで会っていただろうか。
「あ、ご紹介しますね。この子は昨日のゲーム大会であたしと一緒の組だった、
古手梨花ちゃんです。とってもいい子なんですよ。」
 なるほど、それで見覚えがあったのか。確かに、朝比奈さんと一緒に和気あいあいと
魚釣りゲームをしていた子だ。
「あの、梨花ちゃん。あたしたち、ここで待ち合わせをしているんですけど、誰か
ここにいませんでしたか?」
「みぃ・・・。ここにはボクしかいないのですよ。」
「どうやら僕たちの方が先についてしまったようですね。では、ここで待たせて
もらいましょう。古手さん、相席させてもらってもよろしいですか?」
「構わないのですよ。ボクも人を待っているので一緒なのです。」

 待っている間、時間つぶしにみんなで梨花ちゃんと話をする。梨花ちゃんは、生まれも
育ちも雛身沢という生粋の雛身沢っ子で、この村からあまり遠くに出かけたこともない
らしい。そのせいか、どこから来たのか、そこはどんな町なのか等、いろいろと俺たちの
ことを聞かれた。外から来た人間が珍しいのかもしれない。
 ふと視線を移すと、いつも通り口数の少ない長門が、こちらではなく、どこか別の方向を
見つめていることに気がついた。道路の先を見ているのだろうか?
 不思議に思い長門に声をかけようとすると、そちらの方に人影が現れる。
複数人いるようだ。
「お、いたいた。すいませーん。お待たせしてしまったみたいでー。」
 先頭にいた人影の少女がこちらに声をかけてくる。どうやら待ち人が来たようだ。
「どんな人たちなのかな、かな。わくわくするね。」
「・・・レナ。かわいくてもお持ち帰りはなしだからな。」
「梨〜花〜。一人で先に行ってしまうなんてずるいんですのよ〜。」
一人で?先に?俺たちは一斉に梨花ちゃんを振り返る。
「みぃ。ボクのほうも待ち人が来たみたいなのですよ。にぱ〜。」
 梨花ちゃんは、悪戯っぽい笑みを満面に浮かべて俺たちに答えた。


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