俺はしばし迷ってから、長門に人形を手渡した。今日のゲームは長門の力で勝てたのだし、
それなら本来お礼を受け取るべきなのは長門だろう。
「・・・・・・・・・・」
 慣れたはずの沈黙を、何故かやけに居心地悪く感じる。
「そのなんだ、俺が持っていても仕方ないし、お前が貰っておくのが筋なんじゃないかと
思うわけだ。」
 長門は手に持った人形をクールドライな瞳でじっと見つめた後、
「そう。」
 呟くように答えた。
「ありがとう。」

 なんとなく抗いたくない静寂を破って、ハルヒが口を挟んできた。
「ふーん、キョンにしては気が利いてるわね。もっとも、くれたのがキョンじゃ
ありがたみも半減って感じだけど、この人形自体はかわいいし、よかったじゃない、有希。」
「よかった。」
「う。ま、まあ本来なら団員が手に入れた戦利品は団長に納められるのがどこの組織でも
当たり前なんだけれど、あたしは物分かりのよい団長だから、団員のなけなしの気配りを
無下に扱ったりはしないわ。」
 構成員の財産権を剥奪する組織のどの辺りが当たり前なのか是非教えてもらいたい。
「別にお前にやっても構わなかったんだが、普通の人形じゃ、どうせたいして興味も
ないのだろう?」
「ふん、解ってるじゃない。そこまで解ってるんなら、早く事件の手がかりでも何でも、
この町の不思議を見つけて献上してくれると嬉しいわね。明日からは、きりきり働いて
もらうから安心して団長に尽くしなさい。」
 ・・・藪蛇だったか。

 多丸氏に頼まれた用事があるという古泉と途中で別れ、残る団員は旅館へと帰ることに
した。別れ際、古泉が、もと来た道へ歩き出した俺を呼び止める。
「あなたが長門さんにあの人形をプレゼントするとは、少々意外でした。」
 くくくと含み笑いを漏らしながら肩をすくめてみせる。
「ハルヒの機嫌をとっておいた方がよかったとでも言いたいのか?」
「いえ、僕としても、長門さんには色々と助けられている身ですし、あなたが長門さんの
労に少しでも報いたいという気持ちは解るつもりですから、それを咎めるつもりはありま
せん。しかし、残念ながら僕の仕事量が増えてしまったということは確かなようです。」
 爽やかな笑顔とは裏腹に棘のある台詞を吐いてくれる。
「あいつは人形になんか興味はないと言っていたぞ。」
「確かに、かわいらしいとはいえ何の変哲もないありふれた着せ替え人形に、涼宮さんは
特別な価値を見出したりはしないでしょう。しかし、現実には閉鎖空間の拡大が観測され
ている。ということは、その人形に何か付加価値があったということになりますが、そこから
考えられる結論はそう多くは無い、というのが涼宮さんの精神的専門家を自負する僕の
所見です。」
 結局、なにが言いたいんだ、こいつは?
「つまるところ、あなたには、その涼宮さんに対する影響力の大きさに鑑みて、現実世界における、
涼宮さんのトランキライザーとしての役割を果たしていただきたいということです。どうやら今回の
仕事は少し長くなりそうなので、その間、新たに神人が生まれることがないよう、涼宮さんのことを
よろしくお願いしますよ。」
そう言い残すと、古泉は雑踏に消えていった。

 旅館に戻り、古泉を除く全員で夕食をとり終えると、女性陣はそろって入浴に行くと
いうことなので、俺は、当然お約束の覗きなどという不埒な考えは露ほどにも起こす
わけもなく、ごたごたした1日に疲れた体と心を休めるべく部屋に戻ろうとしていると、
「キョン、ちょっときなさい。」
 声と同時に万力のような力で襟首をつかまれ、早足で廊下をぐんぐん引きずられる。
 ちょっと待て、お前は風呂に行ったはずではなかったのか。
「そんなことはどうでもいいの。」
 廊下の角を曲がったところでハルヒが立ち止まる。
「それより気になることがあるんだけど。」
「今度はなんだ。」
「有希と何かあったの?」
 ・・・・・・・。
 ハルヒは俺を見ず今来た廊下の角を見つめているようだった。
「・・・なんのこった。別に何もねーよ。」
「うそ。突然有希にプレゼントなんておかしいもの。みくるちゃんならイメージどおり
だし、まだ理解できるけど。」
 ハルヒはまだ角の先を見通そうとしている。
「それとも何よ。有希に変な下心を持ってるんじゃないでしょうね。有希は純粋なんだ
から、傷つけたりしたら許さないわよ。」
「いや・・・・・・。」
 口ごもらざるを得なかった。確かに俺が長門に人形を渡したことは傍から見てれば
不自然だったし、こいつに呼び出されるとは思ってなかったから模範解答を用意しては
おらず、真実をそのまま伝えるわけにはもっといかず。
「言いなさいよ。有希もちょっと変だもの。見た目はいつもと変わんないけど、
あたしには解るんだからね。あんた有希に何かしたでしょ。」
 わずか二言三言の間に下心から既成事実に移り変わろうとしている。このまま放って
おいたら古泉が戻ってくるまでに、俺と長門は本当に『ナニかあった』ことにされてしまう
恐れがある。実際に何かがあったことは確かだから、咄嗟に完全否定するのも難しい。
古泉の忠告をもっとまじめに聞いておくべきだったか。
「あー。ええとだな・・・・・・。」
「ごまかそうったってそうはいかないわよ。いやらしい。」
「違うって。やましいことなんか俺にも長門にもねえんだ。えー・・・実は・・・。」
いつしかハルヒは俺にアーチェリーの的を見る目を注いでいた。
「実は?」
挑むような目つきのハルヒに、俺はやっとの思いで言葉をねじり出した。
「俺も、お前の言うとおり長門の様子がおかしいと思ったんだ。なんというか、理由は
解らないが、とてもつまらなさそうにしているように見えた。だから、少しでも元気付け
てやれればと思ったんだ。」
「本当?」
 ハルヒの眉が緩やかに下がる。
「ああ、長門には部室を使わせてもらったり、普段色々と世話になっているし、何より
SOS団の仲間として、恩返しのひとつでもしておいたほうがいい。」
「そう・・・・確かにね。あたしも有希にいつもより元気がないような気がしたし。うん、
そうね。キョンにしては良いこと言うじゃない。見直したわ。」
 信じてくれたようで俺も安堵の息を吐く。いつもの長門のどこが元気にみえるのかは
不思議だが、ハルヒには長門の様子がおかしく見えたらしい。もっとも、かくいう俺も、
実は長門について似たような感想を抱くことがあったのだが。
「そういうことだから、お前も長門が変だと思ったら、団長として気にかけてやれ。
その時は俺もお前に荷担してやる。」
ハルヒは目を二度ほど瞬かせた後、俺をポカンとした顔で見上げた。そして、極上の
笑みを浮かべて、
「もちろん!有希は大切な団員だもの!有希が楽しめない合宿になんてするつもりは
ないわ!」


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